星が降る音を聞いた

2014年6月、舞台『フォレスト・ガンプ』でのことだ。

真昼の東京、満天の星の中で聞いた音を2年目の夏にふと思い出している。

 

「ジェニー、結婚しよう。…だめかい?」

数奇な運命の末に旅先で再会した幼馴染みへぎこちなくプロポーズをするフォレスト・ガンプ。返事をする前に一曲聴かせてほしいと請われ、彼はいつもポケットに入れているハーモニカをおずおずと吹き始める。

告白に臨んで高鳴るフォレストの心情を表すようにハーモニカの音色は揺れながら、けれどしなやかな強さをもってジェニーを包む。そっと照明が消えてゆき、あとには無数の星が光る。余韻の残る劇場にぱらぱらと、やがて大波のように拍手がわいた。

人生ではじめてスタンディングオベーションというのを見た。二階席ではじかれたように立ち上がって見下ろす劇場のざわめき。爪先から髪の先端まで血が駆け巡るような気持ちがした。

しばらく席で茫然として、劇場を出た。夏の初めの空気だ。ぬるいけれど爽やかな風にあじさいが揺れていた。

 

「ぼくの、ぼくの運命って何?」

 

フォレスト・ガンプを演じた役者は田口淳之介といった。

あの日総立ちの客席を目を細めて誇らしげに見回していた人は、いま、どんな思いであの台詞を振り返るのだろう。

彼がジャニーズ事務所を去って三ヶ月になる。ありがたいことに信じられないくらいの頻度で元気な姿を見られてはいるものの (笑うとこ)、未だに表舞台には戻らない。もとより一年は待つつもりでいたからどうということはないけれど、6月の半ばになって思い出すのはやはり彼がグローブ座におこした奇跡のことだ。

次はどんな舞台をやるんだろう。どんなところへ連れていってくれるんだろう。帰りの電車で思い出し涙と笑いを隠しながら考えた。

フットボールの試合で汗の粒をぽろぽろ零しながら走っていた姿、母と戦友との話に加わらずじっと空を見上げている目のあまりにも澄んでいたこと。

たった数時間の出来事を、私はきっと何年経っても鮮明に思い出せるだろう。現実がどうであれ田口淳之介がいるべき場所はステージなのだと、あの日の彼こそが訴えている気さえするのだ。

10ks所感とりあえず

 
 
田口担がKAT-TUNの10周年コンサートに行ってきた。
 
 
この書き出しにまだどうしても違和感がある。
「4人の立ち位置の感覚がまだ残ってる」とメンバーが繰り返す通り、空白は鮮やかだった。田口担がこう言うとまあそうでしょうね、となるんだろうが、やっぱり4→3へのギアチェンジは完全には済んでいないんだろうというのは端々から感じられて、3人の情深さと前を向こうとする強さに胸がひりつくような気持ちがした。その場にいないからといって十余年を共にした人間の存在をそう易々と拭い去れるものではない、3人も重々わかった上で、今回は不在を空白として処理したのじゃないかと(特にパンフレットの座談会を読んで)思う。
どんなに完全な姿を信じ込もうともKAT-TUNに根深い傷が3つ遺されているのは確かだ。現実を目の当たりにしたからかようやっと充電期間も受け容れられそうで、いやもう始まってるんですけど…始まったな?どうしよう。
 
終盤の一曲(4Uだったはず)、白い照明のなかモニタに抜かれた一人が田口に見えたかと思うと逆光のその顔がだんだんと亀梨の輪郭を取り戻していった瞬間があった。本来いるはずの人がいない(いまだにこんな気持ち)コンサートを見に行った身としては、そこでいないはずの人を見るというのは皮肉にも、なんというか象徴的な光景だったし、正直なところこの公演で見聞きした何よりも目に焼き付いている。
 
 
ベスアの発表以来ずっと頭の片隅にあって、でもKAT-TUN田口淳之介を好きでいた者として、何より半年間手を尽くして田口を引きとめようとしてくれた3人を思えば決して口にしてはいけないと思っていたことがあった。ただ、東京初日オーバーチュアで早くも号泣しGOLDの前奏で涙腺にダメ押しの一撃を喰らったあと、水柱の向こうの3人を目にしたときあまりにも思い知ってしまったし、やっぱり頭の中を巡り続ける。
 
田口淳之介がこの日東京ドームのステージに立たなかったのは、正しいんだろう、と思う。
 
心情を正確に表すなら「正しくあってほしい」。すごい傲慢というか4人に対して失礼とは承知の上でざっくり言うけど、田口がいなくても全然やれます、って姿を私は見たかった。そりゃ自担がいないのは悲しいさ。でもひとたび決めたら梃でも動かない田口淳之介にファンが何を祈れるかって、清く正しく強くあれ、くらいでしょう。自担が世話になったグループの屋台骨を引っこ抜くところなんか見たかねえし、それで崩れるKAT-TUNであってほしくない。
いざツアーが始まってみると田口はどの会場にも影すら見せず、3人のKAT-TUNは傷こそあれ誇り高く立つ男たちだった。
何人だろうがKAT-TUNが毅然として在るならば正しいんだろう。というより、各々の物差し(思惑とも言いますね)が交差する場所でそれ以外のものを信じるのは、儚すぎる。と思う。
誰が去ることも必然ではなかった。たぶん他の航路はいくらでもあったし、その度に一番波の高い場所を選んでしまうのがKAT-TUNの性質なのかもしれない。それでも今こうして3人で舵をとること、そのために一度錨を下ろすことも、まぎれもないKAT-TUNの正史だ。
目撃者になれてよかった。田口くん、肉食ってる場合じゃないです。私の財布も焼肉に変えてください。